

10月23日、24日の2日間、能登半島地震及びその後の豪雨に対する災害ボランティアに行ってきましたので私なりに感じたことをまとめました。あくまでも私個人の主観となりますこと、あらかじめお許しください。
能登半島における災害ボランティアに参加する場合、現在は金沢市内、もしくは輪島市にある日本航空学園内に開設されたベースキャンプからのバスで現地に乗り込むというかたちになっています。ちなみに、金沢市内から輪島市や珠洲市に行く場合、およそ3時間ほどかかり、朝6時前後に出発、19時前後に帰着となります。(ベースキャンプ発着は1~2時間ほど短くなります)
加えて、ボランティアに参加するには石川県が開設している専用サイトから申し込む必要があるのですが、その募集が始まるのが1週間前です。バスに定員がある以上(そして現地のニーズ)、申込には限りがありますので、募集の確認が遅れると定員のために申し込むことができません(団体による炊き出しはまた別です)。なので頻繁にチェックしておくことが求められます。加えて自宅を出発するまでに社会福祉協議会のボランティア保険に加入しておかなければならないのですが、郵便局の窓口での処理を要しますので、できるだけ事前に済ましておくのがベターです。
金沢市内発にするにせよ、ベースキャンプ発にするにせよ、早朝からの活動となりますので、前日までに移動を終えなければなりません。中には夜行バスで到着して、そのままボランティアバスに乗り込む、という方もいらっしゃいました。石川県までの移動に労力を要するので、活動を1日ではなく複数日やる、という方がほとんどでした。私も1日目と4日目が移動のみ、中の2日目、3日目がボランティア活動でした。
移動について、私が知り合った方の中には「福岡から車で」「函館からフェリーと在来線を乗り継いで」という強者もおりました。
平日の活動ということもあってか、学生さんたちが多かったです。東日本大震災のときもそうでしたが、やはりこういう時の学生のもつ行動力は計り知れません。それに、現役をリタイアした方たちも男女問わず多かったです。「これも生きてきたご恩返しだ」なんておっしゃってる方もおりました。
今回の活動で真っ先に感じたのが、東日本大震災や岩手県沿岸北部の水害の際などと比べると、ボランティアセンター(以下、VC)に関する体制がずいぶんとアップデートされているな、ということです。申込は全てネットから、というのもそうですが当日の参加確認も注意書きの用紙に書いてあるQRコードを読み取って専用フォームから入力、また、現場での活動の際にも、指定された場所への移動も全てQRコードで地図データを読み込んだり、災害廃棄物の仮置き場に持っていけるものも日々変わるということでその表もQRコードから、とかなりデジタル化されていました。
それから、現地にはバスでしか行けない代わりに、車が用意されてそれを自分たちで運転して、ということも初めてでした。運転免許証が身分証明以外に、本当に免許証として必要だったのです。しかも軽トラックはほとんどがマニュアルのため、学生さん達では運転できなかった、ということもありました。こういうこともありますので(無いのが一番いいのですが)、これから免許を取る人たちは是非マニュアルで取ることを強くお薦めします。
こういう車の事情もありまして、私が2日間やったことはほぼ軽トラックの運転でした。1日目は指定されたお宅から、地震で壊れた屋根から流れ込んだ雨水によって駄目になった畳などを運び出して仮置き場への搬入。2日目は、避難所になっている中学校のテニスコートに溜まった泥をやはり仮置き場に搬入。2日目は往復で30分ぐらいかかりましたので、ほとんど軽トラックに乗りっぱなしでした。
今回は災害廃棄物への対応が活動のメインだったのですが、こうした災害を想定して奥州市でも「奥州市災害廃棄物処理計画」を定めていますが、平成31年2月策定のものですが、今回経験したことをもとにこの計画を検証してみたいと思います。またボランティアセンターとの関わりも「奥州市地域防災計画」に記載されこちらは随時更新されているのですが、これももう少し読み込む必要があるな、と感じました。
能登半島の復興のニュースは日々減ってきていますが、わずかなニュースにある通り、復興にはまだまだ時間がかかると思います。1月の地震によって寸断された道路がまだ直っていなかったり、9月の大雨で重ねてダメージを受けたところもあります。これから冬を迎えることを考えると、作業スピードは更に遅れることになるでしょう。活動にあたっての注意書きには「被災者のプライバシーに充分配慮した上で、それぞれのSNSで発信できることは発信して欲しい」とも書いてありました。復興の道はまだまだ半ばにも達しておらず、風化させないで欲しい、という現地の思いを感じ取りました。
以上がボランティア活動の報告です。
ここからは余談です。
災害ボランティアは全国各地から人が集まってきますので、作業の合間には「どこから来た方ですか?」「お仕事は何されてますか?」という話に必ずなります。出身地の話になると岩手県奥州市と言ってもピンと来ない人がほとんどだったのですが、やはり大谷翔平選手の名前を出すとビックリされました。大谷様々です。職業の話もビックリされました。特に学年さん達からは「初めて議員という人を見た」なんてことも言われましたし、ある程度年齢を重ねた方からも「こういう議員さんもいるんだね~」と感心(?)されました。今回の活動の本数とは違いますが、地方議員という存在を少しはアピールできたかな、という副次的な効果もあったのでは、と勝手に思っているところです。